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書評

八代尚宏著『「健全な市場社会」への戦略――カナダ型を目指して』

東洋経済新報社2007.1.

評者・橋本努

『東洋経済』2007.4.14.

 

 

 いまや安倍政権のブレーンとなった八代尚宏氏の、包括的な政策ビジョンがここにある。構造改革論議には必読、改革正統派のシナリオの誕生である。

従来の構造改革論は、「小さな政府」か「大きな政府」かをめぐって議論が対立してきた。しかし真の論点は「効率的な政府」を実現することにあって、いま日本が目指すべきは、アメリカ型の弱肉強食社会ではなく、むしろアメリカに隣接しながら独自の道を歩む、カナダ型の社会だというのが著者の見解である。

 小泉政権時代の構造改革を「行き過ぎ」とみるのは、既得権益の視点にすぎないであろう。構造改革はまだ始まったばかりで、目指すべき方向はすでにカナダにある。カナダは、面積では日本の二六倍であるが、人口は四分の一程度、一人当たりのGDPや平均寿命は日本とほぼ互角。過去15年間のカナダの経済成長率は3%強、日本よりも2%も高い。

ところが大きく異なるのは、カナダでは女性の労働率が13%も高く、出生率も日本を上回っている点だ。つまりカナダでは、女性が働きながら子育てすることのできる環境が整っている。これを見習って日本がなすべきは、逆説的ではあるが、「雇用と解雇の条件を緩めること」だと著者はいう。

現代のビジネスマンは、雇用の安定と引き換えに苛酷な残業労働を強いられ、結果として妻は家事に専念せざるをえない。しかし長期安定雇用の保証をなくせば、企業は残業を無理に強いすることができず、多くのサラリーマンは時間に余裕ができる。その時間を家事に向ければ、理想の共働き生活が可能となり、女性の就業率が高まるというわけだ。共働きを支援するための、著者の保育所改革案も示唆に富んでいる。かなり戦略に富んだ、明確なビジョンである。

 

 橋本努(北海道大准教授)